「モノより思い出」という言葉を覚えている人も多いだろう。クルマのCMのキャッチフレーズだったと記憶している。世の中の価値観が無形のものへ比重を移していく時代を投影していた。旅や観光を生業とする身として、「そうそう」と大きくうなずいた覚えがある。
旅行情報誌の編集長時代の経験。読者アンケートで旅行先でのお金の使い道を聞いたことがある。意外な結果に驚いた。1泊の平均宿泊費用2万4千円に対して、お土産に2万6千円も使っていたのだ。「思い出」も大事だが「モノ」も大事なのだ。
訪日外国人の日本滞在中の消費額(旅行消費額)の35%以上を占めるのが「買い物」。爆買いが一段落したとはいえ、相変わらず大きな割合を占めている。一方、アクティビティ(娯楽等・サービス費)は4%に満たない。近年「モノ消費からコト消費へ」といわれてはいるが、相変わらず「モノ」なのだ。ここを伸ばしていくことが地域にとって大切なのは言うまでもない。
別の観点からもお土産の重要性を強調しておきたい。お土産の用途は「自分用」と「ギフト用」の二つ。自分用はその地域ならではの工芸品、ギフト用はお菓子など食品が選ばれることが多いだろう。
自分用は帰宅後、キャビネットなどに収められて旅の思い出を増幅する役目を果たす。来客でもあれば、それを見せながら土産話の一つでも披露することになろうか。楽しかった時間が蘇り、心に深く刻まれる。
私も最近訪ねた山口県萩市で良い買い物をした。高杉晋作が愛用したガラス製酒器のレプリカだ。明治維新に思いをはせ、志士気分で寝酒を楽しんでいる。「モノこそ思い出」なのだ。次回は吉田松陰ゆかりのものを手に入れようかとほくそ笑んでいる。
ギフト用は近所や職場などで配られ、おしゃべりを誘発する。旅から帰った側は楽しい時間を自慢し、お土産を受け取った側は想像の世界で疑似旅行を楽しむ。次回の旅先候補として、あれこれ熱心に質問する人もいるだろう。旅先となった地域は勝手に話題にされ、他力(口コミ)で広がっていく。広告費0円。ありがたいことだ。
このように、お土産は旅行者本人の旅先への思い入れを強化し、リピートを促す。また、受け取った側の旅心を刺激し、新しいお客さま候補を生み出してくれる。最強のマーケティングツールなのだ。
せとうちDMOでは、魅力的な新しいお土産がどんどん生まれてくることを狙って「瀬戸内ブランド登録制度」を運用している。域内の資源・資産を使い、瀬戸内らしさを体現する加工食品や工芸品にブランドマークを付与し、流通のサポートをする仕組みだ。今後の運用においては、モノとしての品質(味やデザイン)はもちろん重視しつつ、お土産がきっかけで広がる土産話が最強のマーケティングツールなのだということを強く意識して商品開発を促していきたい。
(せとうち観光推進機構事業本部長)